隠しカメラがとらえた〝介護虐待疑惑〟 「陥れられた」事業所側は猛反発


産経WEST

「頭おかしいんちゃうか、だぼ!」隠しカメラがとらえた〝介護虐待疑惑〟 「陥れられた」事業所側は猛反発








「こいつ、頭おかしいんちゃうんか」「だぼ!」-。隠しカメラには、介護ヘルパーによる20回以上の暴言が収録されていた。神戸市は6月2日、訪問介護の利用者の女性(70)への虐待行為があったとして、神戸市長田区の訪問介護事業所を15日から半年間、介護報酬請求の20%減額などの処分にすると発表した。しかし、この発表に事業所側が「虐待は事実誤認」と猛反発。女性の家族が設置した隠しカメラの映像についても「(利用者側に)陥れられた」と反論し、行政と事業所側による異例の〝水掛け論争〟に発展しているのだ。

隠しカメラを1カ月間設置

 〝虐待〟の映像が録画されたのは平成27年9月15日午前だった。その年の夏、訪問介護を受けていた女性から「ヘルパーからきつい言葉を言われる」「たたかれる」などという訴えを聞いた家族が約1カ月間、長田区の女性宅に隠しカメラを設置していた。

 映像は計約95分間で、問題の場面は約4分間。更衣介助のため、女性宅を訪れた事業所の50代の女性介護ヘルパー2人が「うっとうしい」「頭おかしい」「だぼ(=のろま、愚鈍、愚か者などの意味)」などと悪態をつきながら、女性の着替えを介助する様子をとらえている。

 市によると、映像の中では、ヘルパー2人は女性を床からベッドにほうり投げるように乱暴に移動させ、女性の右太ももを2、3度小突くなどし、女性の身体が左右に揺れるほど荒々しく着替えを行っていた。女性にけがはなかった。

ヘルパー2人はベテラン

 同年9月末、女性の家族が映像を市に持ち込み「虐待ではないか」と訴えたことを受け、市は事業所への調査を開始。同年10~11月に管理者とヘルパーら計13人に聞き取り調査を実施した。


T3PBKT2LG5NR3BW3AV32SXR7BI


 市によると、虐待したとされるヘルパー2人はいずれもベテランで、職場のリーダー格だった。2人は市の聞き取り調査に「手荒く介護し、多数の暴言を吐いた」と認めた上で、「もともと、自分でできることをやろうとしない女性にいらだちがあった」と話したとされる。

 市は調査の結果、身体に外傷が生じる恐れのある暴行を加え、暴言で心理的外傷を与えたとして、虐待事案と認定した。しかし、行政処分を検討する段階に移行すると、市と事業所の「認識」の違いが露呈した。

 ここから事態は混迷を深めていく。

 市が行政手続法に基づき今年2~5月に事業所側の言い分を聞く聴聞を3回開いたところ、事業所側は代理人弁護士を同伴させて「これは虐待ではない」と繰り返し主張したという。

 それでも市は隠しカメラの映像を重視し6月2日、介護保険法に基づき、15日から半年間、新規受け入れ停止とともに、介護報酬請求を20%減額する処分を発表した。

 この発表直前、市から処分内容を通知されていた事業所側は、すぐに〝反撃〟に打って出た。

「虐待は事実誤認」

 発表から約1時間後、事業所の運営会社は市内の弁護士事務所で記者会見を開いた。代理人弁護士と同社社長、市が虐待をしたと認定した女性ヘルパー1人の計3人が出席した。

 「虐待は事実誤認。これを虐待と言われたら、誰一人、介護の仕事なんて従事できない」。代理人弁護士はそう語気を強めた。

会見で明かされた事業所側の言い分は、市側の説明と全く違っていた。



まず、ベッドからほうり投げるように移動させたことについて、「2人で女性の脇を抱え、むしろ丁寧に移動させていた」。女性はいったんベッドに座ったが、ずり落ちそうになったため、もう一度深く腰をかけさせようと、脇を抱えたことが「ほうり投げる」とされた、と訴えた。

 ヘルパーが女性の右太ももを小突いたことについては「靴下を履かせるために脚をタッピングするのが普通」。女性の身体が左右に揺れるほど荒々しい介助との指摘には「ベッドの上で服に腕を通せば、身体が左右に揺れるのは当然。身体を揺らさず着替えさせるのは、誰がやっても不可能」と強調した。

 数々の暴言について記者から問われた弁護士は「必ずしも女性に対して言っているわけではない」と説明。「だぼ」はヘルパーの独り言、「うっとうしい」「こいつ」は思わず口を突いて出た瞬間的な一言、そして「頭おかしいんちゃうんか」は、衣類が散乱した女性の部屋を見て、ヘルパー同士の会話の中で出た言葉-とした。

「ヘルパーを挑発した」

 記者会見では、市が聞き取り調査で事業所側(ヘルパー)も虐待を認めたと発表したことへの反論もあった。社長は「ヘルパーは映像を確認して、『映っているのは自分で間違いない』と認めただけだ」と主張し、女性ヘルパーも「言葉は不適切だったが、虐待ではない」と訴えた。

 現場で一体、何が起きたのか。事業所側の主張を要約するとこうだ。

 被介護者の女性は1人暮らしで、日常生活全般に介助が必要とされる「要介護4」。目が不自由で車いすを利用しており、27年1月から9月まで同事業所の訪問介護を毎日受けていた。


女性は「普段は意思表示のはっきりした人」(事業所側)だった。できることはできる限り自分でやってもらう-という方針のヘルパー2人とそりが合わず、2人が来る日はいつも、わざと洋服を散乱させたり、脱力して床に寝転がったりして、介護を妨害していたと説明した。

 弁護士は「確かに言葉は不適切な部分があった」と認めた上で、こう主張するのだ。

 「(女性は)隠し撮りの状況を分かった上で、わざと怒らせるようなことをして、ヘルパーを挑発した。ヘルパーの行為は果たして虐待なのか」

 事業所側は「虐待として処罰するのは不当」として処分取り消しを求め、近く神戸地裁に提訴するとしている。

コミュニケーション不足が虐待に?

 「ヘルパーと被介護者が信頼関係を築けず、ちょっとしたボタンの掛け違えで起こった事案ではないか」

 兵庫県西宮市で介護者の交流の場を開くNPO法人「つどい場さくらちゃん」理事長の丸尾多重子さんはこう指摘する。

 丸尾さん自身も10年間、両親と兄を介護し、看取った経験がある。同法人にはほぼ毎日、全国から親を介護する家族や介護職員から相談が寄せられる。

 丸尾さんは「介護はストレスがたまるもの。被介護者が家族でも『首を絞めてやろうか』と思うこともある」といい、「ヘルパーだって嫌なことをされたり言われたりしたら怒りたくなる。介護される側はお金を払っているからと自分たちの権利を主張し、事業者はそれをクレーマーと判断しがちで、双方が対立関係に陥ってしまう」と話した。



今回のケースは「ヘルパーの日頃のストレスが表面に出てしまったのか。事業所側と被介護者、その家族との間のコミュニケーション不足が原因ではないか」と指摘。その上で「(隠しカメラの)映像が証拠になったため、処分は仕方がない。ここまで問題になるまでに行政も対応できなかったのか。対立関係にある両者の行司役を担うのが行政の役目。例えば日頃から地域の空き家を利用して介護者と被介護者の集いの場をつくり、信頼関係を構築できるようにするとか、両者を取り持つ役割を担ってほしい」と提言した。

 確かに今回のケースをめぐる市と事業所側の主張を聞く限り、被介護者・家族を含めて関係性の希薄さが浮かぶ。事業所の変更やヘルパーの交代などトラブルを回避する方法は十分あったようにも思える。

 介護現場の虐待は、全国の高齢者介護施設を中心に続発しており、要因の一つとして慢性的な人員不足も指摘されている。東京五輪が開催される2020(平成32)年には高齢者人口は3600万人と予測され、超高齢化社会に突入する。介護を必要とする高齢者が増え、丸尾さんは「神戸のような事案はますます増えるだろう」と推測する。

 国や自治体は予算と人材の確保に努め、行政によるチェック機能を高める抜本的な措置を取らなければ、今後も悲劇が繰り返されることになる。