【アーカイブ】「介護現場での事故に対する訴訟」(All About「介護・福祉業界で働く」)

「介護現場での事故に対する訴訟」

         文章:宮下 公美子(All About「介護・福祉業界で働く」旧ガイド)   

先日、社会福祉士会の研修に参加したところ、介護現場の事故で起きた損害賠償訴訟についての紹介がありました。転倒、骨折事故で、1800万円の賠償金を支払えとの判決が下ったとのこと。この件について考えます。   
           

 先日、社会福祉士会の研修で講師の弁護士から、介護現場で起きた事故に対し、3000万円の賠償請求訴訟が起こされ、1800万円の支払を命じる判決が下されたという事例の紹介がありました。このケースを元に、介護の現場の訴訟について考えてみます。





転倒、骨折事故で賠償請求訴訟



この介護事故は以下のような内容でした。





あるデイサービスで。
帰りの時間になり、立位にふらつきのある利用者がトイレに行こうとしました。そこで職員が介助に入ろうとしたところ、「プライベートなスペースに入ってほしくない、自分1人で大丈夫」と断られました。



職員は、用を足したらコールしてほしい旨伝えてドアの外に出ましたが、いつまでもコールがないため確認すると、利用者は中で倒れており、大腿骨を骨折していました。これにより利用者は、職員が注意義務を怠ったとして3000万円の損害賠償請求訴訟を起こしたというわけです(研修資料を紛失してしまい、もしかしたら多少違っているかも。ごめんなさい!)。



この事例を聞いたときには、「介助を申し出たのに断られ、それで起きた事故について賠償請求されるなんて! しかも、賠償金の支払いを命じる判決が下るなんて!」とたいへん驚きました。



しかし講師の説明を聞き、そのあと研修参加者でグループワークを行い、自由と安全について話し合ったところ、職員・施設には賠償責任がある、と納得しました。



利用者をトイレに残して職員はドアを閉めた。そして、転倒、骨折。事故は予見できなかったのか?






なぜ訴訟になり、敗訴したのか



こうした事故は、ヒヤリハットも含めれば、相当数あると思います。しかしそのすべてが訴訟につながるわけではありません。
では、なぜこのケースは訴訟になり、敗訴したのか?



まず第一に、職員は介護のプロとして、介助の必要性を説明する義務があったのに、その義務を果たしていないからです。
立位にふらつきのある利用者が、「自分1人で大丈夫」と言ってもそれは素人判断。介護のプロとして、1人では転倒の危険があること、転倒すると骨折の可能性があること、骨折すると歩行困難になる可能性があることなどをわかりやすく説明し、介助する必要性を説明する責任があった、と言うことです。



「トイレに行きたいと言っている利用者に長々とそんなことを説明していて失禁したら、かえってクレームになるのでは?」という意見もありました。しかし、「それより事故を起こさない方が大切」という意見が多かったです。とはいえ、相談員兼任で介護職をしている方は、「この問題、私も日々悩んでいます」と言っておられました。現場では、そう理屈どおりにはいかないですものね……。



次に、こうしたケースの対応のあり方を施設全体で話し合い、ガイドラインを決めていなかったことです。
このケースの場合、「介助は不要」と断られたとき、職員は、介助に付かずコール対応でいい、と自分1人のその場の判断で決めていました。職員個人の判断では説得力がありません。リスクマネジメントの点からも、チームで検討し、どのような対応がベストか、ガイドラインを決めておくことが大切です。



たとえば、医療関係のことであれば、チームに医師も加わって検討して対応のガイドラインを決めていれば、訴訟の際、裁判所も一定の評価をします。



常に心がけたいのは、なぜそのような対応をしたのか、誰に聞かれてもきちんと答えられる判断根拠を持った介護をすること。「なんとなく」こうした、という介護では、事故が起きたとき、周囲を納得させることはできません。



最後に、これは私見ですが、初期対応が良くなかったのではないかと思います(実際どうだったかは不明)。事故が起きたとき、職員から利用者に対して「だって、介助すると言ったのに、断ったのはあなたでしょ」という言動があったら(このケースがそうだったというわけではありません)、たとえ利用者が自分にも非があると思っていてもそんな気持ちは吹っ飛び、100%職員が悪い、と思いかねません。



こうした事故が起きた際には、まずは相手の気持ちによりそい、心から骨折した利用者をいたわり、けがをさせてしまったことを謝罪すること。そして、けがをさせてしまったけれど、チームで検討したガイドラインなど、確かな根拠に基づいた対応であったことを、誠意を持って説明すれば、訴訟にまでは発展しないのではないかと思いました。






介護職の医療行為は懲役刑の可能性も



訴訟に関連して、介護職の医療行為について少しお伝えしておきます。



サイトユーザーのかたから、「インスリン注射や血糖値測定は医療行為か?」という問い合わせをいただきました。



インスリン注射、血糖値測定はいずれも医療行為です。介護職が行うと、「医師でなければ医業をなしてはならない」(医師法第17条)と定めている医師法違反で違法行為です。



医師法17条に違反すると、3年以下の懲役または100万円以下の罰金、又はその両方が課されると医師法に規定されています。過去そのような罰則が下ったとは聞いたことがありませんが。



腹立たしいのは、介護職に医療行為をさせていたのが施設の方針だったという場合も、介護職本人はやりたくないといっているのに無理矢理させられていた場合も、医師法では施設、雇用者を罰する法律がないことです。



また、万一、介護職員の医療行為により何か事故があった場合は、その医療行為を行った介護職員が刑事責任を問われ、業務上過失傷害で起訴される可能性があります。これも今までに聞いたことはありませんが。



ただ、そうした事故により何か障害が起きた場合は、被害者から損害賠償を求める民事訴訟を起こされる可能性は、前述の二つよりは大きいと思います。この場合は、医療行為を行った介護職員と施設が賠償責任を問われることになると思います。



上司の指示や施設方針で医療行為を強要されている方、やりたくないけれどやっている方は非常に多いと思います。しかし、どんな理由にせよ、引き受けてしまったら重い責任を負うことになります。そして、不幸にも事故が起きたとき、職員を守ってくれる雇用者は決して多くないと思います。そのことをどうぞよく理解していただき、何とか、医療行為をしないですむ方法を探っていただきたいと思います。



そして、やむを得ず引き受ける場合は、事故があってもできる限り自分自身の責任を問われないよう、指示系統、指示の内容などについて記録を残し、できれば職場全体で事故を想定した話し合いを持って事故対応を決めておくことです。違法行為を承知でやらせる以上、職員にもそれぐらいリスクマネジメントはさせてほしい、と要求したいものですね。



……と書きながら、どれも難しいだろうなぁとは思っています。記録すら残させないところが多いかも、と。しかし戦っていかないと何も変わりません。できるかたから、できることから、どうか行動してみてください。



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